シェアハウスという考え方

johnhain / Pixabay

ネットをさまよってると「シェアハウス」という言葉に出会うことがあります。ルームシェアなら聞いたことがあったけど、ハウスをシェアするのだから一軒家を何人かで借りる、ということですよね。

そういった物件を集めたサイトがこちら↓

どこそこでこんなふうに暮らしませんか、といった企画をこのサイトにアップして参加者を募る場、ということです。

希望者が集まらなければその企画は実現しない、というただそれだけのこと。こういうのは、経費がかからないからこそできるプランニングですね。

呼びかけにいちいちお金がかかってたら、いろんな意味でヘビーになってしまって、大切な「気軽さ」がなくなってしまいます。

いい時代だ、と思います。プランを世に問うだけでお金がかかった旧時代では考えられなかったことです。

旧時代から生きてきたぼくのような人間にとって、このような「知りあいでもない赤の他人」といきなり連絡をとったり、いっしょになにかを始めるというのはものすごく抵抗のある事案です。

でも、ものごころがつくころにすでにネットがインフラになってた新時代人にとって、見ず知らずのひととネットでいきなり話したり取引したりというのは「あたりまえ」のことなわけで、抵抗がないのでしょう。

ヘミングウエイが言ってたみたいに、

年寄りは賢くなるのではない、用心深くなるのだ。

今のひとは用心深くないのです。ぼくから見るとハラハラしてしまうくらい、他人を警戒しない。そんなに善人ばかりじゃないだろう、と思うのですが、頓着しないんだね。

だからこそいろんな新しい仕事や企画が生まれていくのでしょう。パイオニアにはいい環境です。

いろんなことを「つなぐ」サイトがあるもんですね、しかし。

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