北海道温根湯【大江本家】の湯は素晴らしい

北海道温根湯【大江本家】の湯は素晴らしい

最近、毎週のように続けて日帰り入浴に行っているのがこちら、北海道北見市の温根湯(おんねゆ)にある【大江本家】

日帰り入浴の料金が大人700円と平均的な施設より割高なので敬遠していたのだけれど、試しに入ってみたら…感動してしまった。

なにがいいって、ここの温泉は温泉好きのこころをわかっている作りになっているのだ。

【 岩風呂 】

ぼくが一番ぐっとくるのは、黒っぽく見える狭くて浅い「岩風呂」。岩を降りてくる間にぬるくなった湯が流れこんでいる。

湯の温度を下げるにあたって加水をしたくないときは、段階を踏む(熱い浴槽から少しずつ流れ出す湯で温度の低い浴槽を満たす)のが常套手段だが、この浴槽では岩の階段で冷やす方法をとっている。

このお湯の質が皮膚にやさしくて、横になってつかっているとすうっと眠くなってくる。ここのほかの浴槽の湯より、アルカリが強いような気がするけど、これはぼくの思い込みかもしれない。

ちなみに、ここの湯のpHは9.1。強めのアルカリ性だが、ヌルヌル感はあまりない。

【 水風呂 】

次に、サウナに入ったあとにつかる「水風呂」が一段高いところにあるのが、いい。

一般的に温泉の水風呂は、デッドスペースを使って造られるのが普通だ。三角だったり、狭かったり…つまりはどうでもいい扱いを受けている。

ところが、こちらの大江本家の水風呂は、壁沿いではない位置にあり、しかもほかの浴槽より一段高く造られている。つかっているとほかの湯船を見おろす格好になり、これがどうにも気分がいい。

なぜなら、サウナの後の水風呂は、いわば「達成感」を味わう場所だからだ。熱さに耐えたオノレをほめてあげる場であるはずなのに、それが追いやられたような狭いスペースだったら、その達成感も縮んでしまう。

それが、この湯では、シモジモを睥睨(へいげい)できるのである。天守閣から領地をながめる大名のような気分に(たぶん)なれるのである。

どれ、次は露天にでも出ばって見るかのう……のう権左。

ははっ、それも一興かと存じます…

このように一段高い位置にある水風呂は、たいへん珍しい。

◇浴室平面図(大江本家ホームページから引用)

【 ジャグジー 】

同じように高い位置にあるのが円形のジャグジー。天蓋のような木でできた天井がついていて、湯船のまわりがフロアより一段高いフローリングなので、まるでステージ。

これも、高い位置から見おろすかんじで、なんか落ちつく。本来、ジャグジーはハイソサイエティーの象徴みたいなものなのだから、コンセプトからいってこの設計は納得できる。

反対に、入浴者が(窪地の底にいるように)外界を見あげるように造られた浴槽は、入浴者であるぼくの気持ちをどことなく卑屈にしてしまうのだ。もちろんこれはぼくに限ったことなのかもしれないが。

ちなみに、このジャグジーの湯も、天然温泉のかけ流し。

【 露天風呂 】

露天風呂は、屋根付きと真正の露天の二本立て。悪天候のときは屋根付きに避難するという趣向。でも、浴槽からの視界は良くない(男湯の場合。二階にある女湯は、外を見る気になれば視界は良好だとのこと)。せっかく川に面しているのだから、川の方向にオープンな設計にしていただけると満点なんだが。

ぼくは、多くの露天風呂に入っていて思うのだが、どうしてしゃにむに裸体を人目から隠すように設計するのだろう。見られたくない人は露天風呂に入らなければいいわけで、そういう選択肢があるんだから、もっともっと開放的に造ればいいのにな、と。

外からの目を気にするのではなく、入浴者からの視界を確保するような設計がなぜできないのだろう。ぼくは外界を湯船から眺めたいのだが。

そういう意味では、屈斜路コタン(弟子屈町)にある無料の露天風呂は眺めがいい。ふだんは湖面を、冬は白鳥も間近で見ることができる。

【 ミストサウナ 】

そして、「ミストサウナ」がトドメをさす。要は天井近くから熱い霧が吹きだしている小部屋なのだが、これが気持ちいい。天国というものは、こんな感じなんじゃないかと思うくらいだ。

どこだったか忘れてしまったけれど、ぼくは本州で何度かこのミストサウナに入ったことがある。そのときも気持ち良かったのだが、壁が木の板だったので穴蔵(あなぐら)みたいな閉塞感があった。

ところが大江本家のミストサウナは壁が透明なので、閉塞感はなく、イスも白ですべてが明るい。しかも、なぜか利用する人が少ないので落ちついていられる。極楽はひとりで楽しむものだ。

【 風呂好きが、いい湯を作る 】

というわけで、大江本家の浴室は入浴する側の視点から浴室の設計が(男湯の露天を除いて)なされている。そういう点で、施設を作る側の都合に合わせて設計施工される(コンサルがどこにでも提案してくる)温泉施設とは違う。

やっぱり、温泉施設は風呂好きが設計しないと。どことは言わないが、入浴するひとの気持ちに寄り添っていない温泉施設は、風呂好きには愛されない。愛されるはずがない。

なんであれ、「好き」は良いものを作る燃料になる。野菜嫌いがおいしい野菜を作れるはずがないし、ラーメン嫌いがうまいラーメンを作れるはずもない。

湯とは関係ないが、館内あちこちに掛けてある三代目代表大江啓二さんの油絵は、ちゃんとした技巧で描いてあって、じゅうぶん鑑賞に耐えるものだ。もっと堂々とアピールしてもいいのにな、と思う。

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